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今までに見た舞台の感想をつづってあります。
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題名:人形劇『ペドロ・パラモ』
劇場:シアターグリーン BIG TREE THEATER
日時:2026年3月5日15:00-16:20(その後アフタートーク20分)
料金:ひとみ座倶楽部会員4000円
分類:人形劇
座席:E列11番(横通路手前中央付近)
劇団:人形劇団ひとみ座
原作:フアン・ルルフォ作,杉山晃・増田義郎訳『ペドロ・パラモ』岩波書店刊
脚本・演出:友松正人
人形美術・衣装:浦部裕光
舞台美術:足立沙樹
作曲:やなせけいこ
振付(身体表現):岡野洋子
音響プラン:佐藤こうじ(Sugar Sound)
音響操作:日本有香(Sugar Sound)
照明プラン:石川哲次
舞台監督:松下生子・勝又茂紀
舞台機構:泉真
演出助手:山下潤子
美術進行:小倉悦子
宣伝美術:佐藤吉悠、吉見嶺
制作:石川哲次
出演:
雫境 高橋和久(俳協)
大鳥まりあ 岡野洋子 小林加弥子
清水咲季 末永快 冨木義之 蓬田雅代
台詞出演者(録音):
いとうせいこう(CUBE) 高橋和久(俳協)
伊東亮 女部田麻緒 勝又茂紀 齋藤俊輔
篠崎亜紀 末永快 鈴木裕子 冨木義之
中村孝男 松島麗
ストーリー:
生者と死者、現在と過去が交錯する物語
母親の遺言にしたがって、ペドロ・パラモという名前しか知らない父親に会うため、おれはコマラの街にやってきた。
しかし、そこで出会うのは、生きているのか死んでいるのか区別がつかない不思議な人々ばかり。
どうやら街全体が死者のささめきに満ちたゴーストタウンのようだ。
父親探しの旅は、かつて街を支配したペドロ・パラモの悪行と秘密を辿り、おれ自身がその世界の一部であることを知る、幻想的な物語となっていく。
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風変りな雰囲気を味わう面白い舞台でした。

台形を3つ繋いだ形の台。その上に小さな人形劇の舞台らしきもの。
周り中真っ黒、なんだかいかにも悪夢の中。幽霊が出そう。
周りは傾いた台がひとつと、背後の壁に十字架。この十字架、菱形の中に描かれており、
最初は凧として使われました。後ほど教会の十字架に変身。
そして開演前からその周りを袋から顔と足だけをだした、カオナシのようなキャラクター
が徘徊。ただし色は茶色、顔は網?で隠れてみえません。後ほど操演者全員がその恰好
だとわかります。黒子ですね。
最初はその小さな人形劇の舞台、棒操りで両手両足ぶらぶらの人形が登場。
主人公がコモロの街へ父親を捜しに行く際に、街への案内人と出会うまで。
その場面が終わるやいなや、後ろの通路から等身大の人形で出現。ただし人形は頭と胴体
だけ、胴体はハンガーみたいな物に服を着せている形で手もなし。手と足が必要な時は
操演者の手足が代行。人形に足がないのだけれど、操演者の身体性によって人の足が人形
の足に見えてくるのです。右手で首をもち、左手で胴をもっての操作。
ここから先は等身大人形ばかり。
黒子は人形を持たずに踊ることもあり。石がラップを刻んでその周りで踊ることも。
ラッパーはいとうせいこうさん。そして台詞は全て録音。操演者が語ることはありません。
物語は細切れな場面で時間が前後するのです。それゆえ話のつじつまを追うのが難しい。
生者と死者の区別もありません。たぶんほとんどみんな死んでいます。ペドモパラモが
ひどいやつなことは間違いない。全場面ですごく不思議な雰囲気があります。ファンタジー
と言ってもいいのかも。雰囲気に浸るだけで面白い。人形劇ならではのパワーでしょう。
後日原作を読んでみましたが、舞台は予想以上に原作の雰囲気を醸し出していました。
マジックリアリズムというのですね。
もう一度見たかった。きっと見方が変わってたと思います。


〇アフタートーク 登壇者:友松正人(ひとみ座)、いとうせいこう

バラバラなペドロパラモの体を前にしたアフタートークでした。

い・るるフォーを選んだのはすごいこと。

と・大好きだから、人間の生命ってなんだろうなと考えさせる作品

い・この作品はめちゃ登場人物が多く、時空がゆがんで、整理するのがすごく難しい
 書評を書こうとするとすごく困る。者者が平気で語るし、魅力は脳を活気づける
 よくこれをまとめたな!

と・原作は70の断片、これは32にした。生命に関わるもの、生死に関係なく、今でも
 響いてくることとかその筋にかかわることをぶちこんで、でもわかりやすくは絶対しない
 ルルフォーは生涯2作しかだしていない、それでも多くの人々に影響を与えた

い・どこを切ってどう生かすのか。演出がたいへん、人形劇なの?

と・人形浄瑠璃以外の人形劇は、人形がいるとそばから声がする。人形浄瑠璃は太夫が
  語る。この作品は全部録音しておいたもので、人形のそばから声がしない。人形
  浄瑠璃と同じ。その分抽象的。

  わざと、最初だけ持っている人が喋る。他の人たちははなから死んでいるのでいろん
  なところから聞こえる。死者の残留思念が語る。
  人形がときおり人形の能狂言の面、ときおり女性が般若のような面。
  日本とラテンが融合した面。
  人形使いがみんなの前にでてしまう。しかもひとりづかい、下半身がないというのも、
  女性の人形浄瑠璃に通じる。いろんな表現の幅で世界中の方法をとりいれた

い・岩に声をつけてくれ、と言われたからびっくり。原作には石がでてこない
  

と・極めて抽象的で気分の良い、わかりやすいものだらけの世の中で、実はわからないの
  を一生懸命みるのが人間の営みではないですか。

い・いったいこれはどういうことなのか、考えるのが観劇体験。2回みたほうがわかります!

い・遣っている人達がびしっと体で表現する。人形で表現している人達に、体で表現しろ! 
  みんな怒らなかった?

と・怒ったと思います。マイムのワークショップなどをやって積み重ねていった。
  あっちこっちでいろんなことがないと原作にならない。そうするとペドロが複数人数で
  操演。重心、能動受動、 ペドロはこの重心ね、というのを皆で打ち合わせてやった。
  最近出遣いが多い、では出遣いの体をどうするかがバラバラ。
  なんとかしたい。ほんとにみんな一生懸命やってくれた。

  死者が起こることをかたるとか、能面を手本。マジックリアリズムを体現する舞台美術

い・筋は通っているが、大筋はわからない。息子がきた、お父さんは死んでいた、それだけ
  の話。それを楽しめるのは客の問題。

と:人形浄瑠璃の場合も出遣いでない人はバンバン変わってる。それぞれが役のことだけ
  考えて、人が変わっても役はかわらない。ここに人形と声と遣い手で人物が現れるのが
  本質。



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